Oさんというブログの読者からの質問です。
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最近は、スピリチャリズムの流行により、一般人にも階層が登場してきたようで、いろんな「学び」の会にて悪用されている気配を察知しています。 このままだと、カルト紛いの団体が跋扈しそうな気配です。
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<クリス>
そういうのは、過去の宗教の世界でもあった事ですし、手を変え品を変えこれからも起きてきますよね。
その時に、盲信するのでもなく、静かな自分の内なる声を聞ければ何も問題ないと思います。
残念ながら依存的な人は引っかかるとは思いますが、大切なのは「私」がぶれない事でしょうね。何があっても…。
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<引用>
「確かに人様から感謝される仕事は素敵だし、尊敬したくなる気持ちも分かります。それにスピリチュアルブームですしね。
でも『感謝される仕事=それをしている人は素晴らしい』・・・という公式は成り立ちません。」
おっしゃるところの「感謝される仕事」、ここでは、ヒーラーを指しておられるのだと思いますが、例えば、警察や検察とか、監査とか、こういう取り締る側のお仕事について、お考えになったこと、ありますでしょうか?
中略
現在のスピリチャル・ブームでは、「感謝」がすばらしく、「怒り」「咎めの心」はご法度とされています。 現代社会を少なくとも支えている検察・警察・監査などの業務に従事ている人は、こんな時代、どのような心持で業務に臨めば、よろしいのでしょうね?
こういう職種の方々は、仕事がら「咎めの心」が生じやすい業務に接しますので、感謝業のお仕事よりも、「感謝」の気持ちで毎日を過ごすというのは、難が多いかと思われます。
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<クリス>
どうでしょうか?Oさんが、実際に仕事をなされている方であればそれなりのアドバイスも出来ますが…ここでは貴方様の直接的な職業ではなさそうなので、参考意見として書かせて頂きます。
>「感謝」がすばらしく、「怒り」「咎めの心」はご法度とされています。
「咎めの心」がご法度(極論過ぎのような気がします)かどうか分かりませんが、「感謝」がすばらしいのは確かです。
ただ、多くの人が「感謝」について誤解しています。「感謝」は自分にとって都合の良いことだけにする事では無くて、
生きて、経験する全ての出来事(つまりは生きてこの世にいられる事全て)に対してする事なのです。
そういう意味ではどんな、職業でも、何をしていようと感謝は出来ます。たとえ、自分に対し“馬事雑言”を吐いてくる人にさえ…

「自分にとって都合の良いことだけに感謝して都合の悪いことには感謝しない事」というは、言いかえれば「私のエゴが満足したら感謝してやる

」と言っているようなモノです。
例えスピリチュアルな職業者であろうと宗教の大先生だろうと、そういう姿勢をしている人は精神的に優れた人ではありません(そういう意味ではクリスも反省点が…まだまだです

)。
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だからといって、感謝業を行っているヒーラーは「咎め」と縁がないので、社会的インフラを守っている検察・警察・監査などのお仕事をされている方々より、魂が優れていると喧伝されるのは、なんとも、不快な感じがしております。
お考えをうかがえますか?
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<クリス>
>魂が優れていると喧伝される
え

誰が言っているのですか


(関わりたくないからホントに教えないでね

)。
何を根拠に言っているのかクリスには分かりません

。スピリチュアルエゴ満載ではないですか〜

誰が言ったか知りませんが、信用しないで下さいね

クリスは何度も向こうのブログでも書いていますが、
職業と人間性や魂レベルとには何の関係もないのですよ

。どんな職業でも素晴らしい人もそうでない人もいます。その辺は僕のブログを読んだら書いてありますので目を通して見てね。